情報サプリメント 〜 卒業生の進路

*「体験入学記」はこちらをどうぞ。

2014年度中学部卒業生 山田愛花さん

2013年度中学部卒業生 乾オリビアさん

2013年度中学部卒業生 Takemura Sayaka さん

★2013年年度卒業生のTakemura Sayakaさんのお母様に、日本留学についてお話を伺いました。

 

 娘のSayakaは、今年9月に早稲田大学国際教養学部(SILS)に入学しました。SILSは英語で授業を行う学部で、約30%が留学生です。出願手続きや入学試験のことなど覚えていることを書いてみようと思います。日本の大学への入学を考えられている保護者の方へ少しでも参考になれば幸いです。

 娘が「日本の大学で英語で授業が受けられる国際関係等の学部」と明確に志望校を決定したのは、高校3年の1月頃でした。それ以前はインドネシアや他国への進学を考えたり、志望校の決定は遅いくらいだったと思います。それからインターネットで自分で情報を集め、SILSと立命館大学国際関係学部の2校を受験することに決めました。以下、主にSILSの受験について述べます。

 

出願と入試

 受験校を決めた後、まず入試要綱をダウンロードし出願書類を揃えました。(ちなみに早稲田大学の入試要綱は27ページもあり懇切丁寧なのですが、その分読むのもなかなか大変で手続きも複雑でした。)SILSのAO入試では、日本人外国人の区別はなく、同じ選考過程となります。日本語能力は必要とされず、日本留学試験の受験も不要で、大学独自の審査のみでした。9月入学(募集人員125名)の出願は3月24日締め切りでした。出願書類は、卒業見込み証明書、成績証明書(翻訳は、本人が英訳し高校校長が署名)等や英語能力の証明書(デンパサールの英語学校IALFでIELTSの試験を受験、これは少し時間がかかるので早めの準備が必要です。幸いにも娘は他国の大学受験のために取得済みでした)などのほか、日本語の証明書(娘は日本語能力試験N1を提出)も任意ですが推奨されました。また早稲田大学の場合は出願時点で日本在留資格認定のための書類も提出しなければなりません(他の大学は合格発表後のことが多いと思います)。在留資格認定のための書類は、経費支弁書(親の所得証明を添付)や銀行残高預金証明書(200万円相当が必要)などです。

 入学試験は、一次審査が書類審査で、出願書類には大学の志望理由に関するエッセイ(小論文)や、時事問題についてのエッセイ(今年度は「2015年に起きた重大な出来事について」を英語で書いて提出しました。

 書類審査の発表は5月13日にあり、次の二次試験は1ヵ月後、面接と筆記です。ただし英語圏出身者などには二次試験免除もあるそうです。娘は二次試験の受験が指定され、ここに来て初めて受験対策らしいことをしたのですが、筆記試験のエッセイについては、日本の小論文とは構成が異なるのでインターネットで「英語のエッセイの書き方」を勉強し、時事問題について英語の記事を読んだり、自分で論文を書いたりしていました。英語面接については、娘がネイティブの先生がスカイプで指導する形式のインターネットの英語面接指導コースを探し出し、30分の模擬面接を3回ほど受講しました。二次試験は6月11日にジャカルタの日系企業の一室で行われました。受験者は2名で、まず1人ずつ20分程度、日本人の試験官とスカイプで面接、時事問題を質問されるかと準備をしてきましたが、大学の志望理由やバリ島に関することなどの簡単な質問で拍子抜けをしたそうです。筆記試験は、2問ある問題のうち1問を選び(今年度は、1.History doesn't repeat itself but it often rhymes”というMark Twainの言葉についての自分の意見、2. military powerについて)、エッセイを1時間で書き上げるものでした。娘は1番については具体例が思い浮かばず、2番を選び、米国とインドネシアの軍事政策を比較した文章を書きました。立命館大学の出願の流れや日程もほぼ早稲田と同じでしたが、二次試験は筆記試験はなく、自宅でのスカイプ面接のみでした。1週間後、同日同時刻に早稲田と立命館の合格発表があり、運よく2校とも合格することができました。

 

奨学金

 合格発表後、文部科学省の国費留学生の奨学金への応募の案内がありました。早稲田大学はまず学内選考に合格しなければならず、そのために今度は都市問題についてのエッセイの提出を求められました。また能力試験のN1(2年以内に取得したもの)が必要となりました。一方立命館大学ではすぐに大学推薦をいただけました。少し迷ったのですが、娘は早稲田大学への進学を選択し、最終的に幸いにも文部科学省の奨学金をいただけることになりました。文部科学省の奨学金は、入学金、授業料等の学費の全額免除と4年間の生活費(今年度は学士過程の留学生は1ヶ月12万円)、往復航空券が支給されます。なお国費以外にも日本では留学生に様々な奨学金が用意されていました。

 

入学後の生活

 SILSでは外国人の教授が多く在籍し、留学生も英語圏以外でもインター校出身が大半のようで、娘のような国立校出身者は最初は授業についていくのが大変だったようです。また留学生の中で一方の親が日本人の国際児童も多いそうです。授業はアメリカ政治や英文学概論、統計学などの他、1年次では留学生は週に数時間の日本語が必修で、補習校卒業以来休んでいた日本語の勉強を再開しています。1年の後期から専攻過程に分かれます。

 住居は、留学生と日本人が生活する早稲田大学国際寮に入寮することができました。入寮は大学入試より倍率が高いらしく、入寮試験では、またまた時事問題に関する英語エッセイの提出があり「寮に入るのに時事問題の論文!」と娘も驚いていました。寮生活では友達も多くできますし、寮内のイベントや勉強会が頻繁に開かれています。何よりセキュリティがしっかりしているので、親としては大変安心です。大学に寮がある場合には、寮生活を考えてみるのも良いかと思います。

 

 思いつくままに綴りましたが、記憶の違いがあったり、受験の方法も年によって変わるかと思います。現在はインターネットで出願要綱も入手できますし、大学の動画もたくさんあります。高校2年生くらいまでは進路の希望がはっきりしないお子さんも多いかと思いますが、日本へ留学する場合、日本留学試験(EJU)の受験が必要か、その受験時期と科目、出願言語(日本語又は英語)、日本語能力試験の提出が必要か等、入学の条件は大学や学部によって異なりますので、早めに調べることをお勧めいたします。

 

☆本人より

 

 毎日レポートや課題の提出で忙しいですが、講義の内容はとても面白いです。サークルにも2つ所属し日本人の友人もできました。大学や寮では英語で話すことが多く、サークルでは日本語をよく使います。日本の生活は忙しいですが、様々な活動があり充実していて、日本へ留学して本当に良かったと思います。

2011年度中学部卒業生 中嶋椰真くん

 

★2011年に補習校を卒業し、現在、大阪で専門学校に通う中嶋椰真くんに

原稿を寄せてもらいました。

 

*椰真くんから

小中学校の頃、日本に留学すると言う思いは一切ありませんでした。

「もうマジで漢字ってなんなん?!」と思いながら補習校に通っていましたが、IT専用の高等学校に入り、ソフトウェア作りを習い、それをどう活かそうかなと考え、ロボットにたどり着き、やっぱりテクノロジーの技術は日本だと思い大きな壁にぶつかって見たくなりました。

 

日本に行くと決意後、日本にある日本語学校から大学や専門学校、必要とされる日本語能力試験だけでなく留学試験も見つけ出し、生活費や交通費の計算も、全部母親がやりました。自分はただ勉強に集中しろって感じですが、自分の未来なのに、自分のことなのにとイライラしたりもしました。

 

2014年10月、大阪にある日本語学校に通い始め、いろんな国の人たちが日本語を勉強しに来て、いろんな考えや話がある。そこで新たな世界を見て、なんか新しい自分がいたかのような感じでした。

その半年後卒業して、専門学校へ!という流れです。無事日本語能力試験のN2に合格しましたが、留学試験が点数不足だったので、12月にもう一度受けギリギリセーフでした。4月にHAL大阪専門学校ロボット開発部に無事入学。

コンビニでバイトをしながら楽しんでいます。

 

*お母さんの中嶋直美さんから

 

息子が日本での進学を希望して調べ始めたのは高校3年後半。

日本語能力試験とは別に留学試験というものがあることに驚き、ほとんどの大学や専門学校の申込み基準は「日本語能力試験N2以上か留学試験200点以上」という事実に焦りました。

 

留学試験は6月、日本語能力試験が7月なので日本で受け生活に慣れる為を兼ねて、観光ビザで3か月滞在。9月に帰国し10月に再入国後はそのまま滞在しています。学校の申込みや問い合わせはメールで出来ますが、今思えば申込み書類のスキャン提出に何度も訂正が必要で過去の渡航歴詳細日程などまであり一番大変でした。

 

例えば、申し込み完了後は、学校が日本入国管理局に在留資格認定証の申請をしてくれるのですが、経費支弁者(私)の会社名、給料、仕送り額まで書き込む欄があり、月々の仕送り額の欄、8万円未満だと申請に通過しないので書き直すようにと学校からメールが来たときには驚きました。認定書が発行されればEMSでバリに届けてもらうことも出来るので、バリの総領事館で留学ビザを発行してもらい、片道チケットで日本へ行きました。これらの手順も方法も手探りでかなり時間を費やしましたので参考になれば幸いです。

 

又、実家に預ける事で、親から見た受験生の姿が、日本の一般生徒とあまりに違ったようで、私が親に怒られたり、金銭面より精神面で想像を超えた問題が起こり、寮の方がいいと思うことも多々。バイト探しも初めは難航、留学生を雇うには会社側も申請が必要なので面倒なのか、本人の態度が悪いのか考えた挙句、日本の常識を知らない子供には、面接の依頼電話のかけ方、タイミングからレクチャーしなければいけない事すら始めは気が付きませんでした。

 

補習校では日本語能力試験しか行いませんが、留学試験は、問題形式も全く違います。

その存在がある事ぐらいもっと早く知りたかったと思うので、留学の可能性がある方は早めに意識した方がいいのではないかと思います。

 

*補習校より

日本留学試験についての詳細は、下記のサイトをご参照下さい。

日本留学試験(EJU)-JASSO - 日本学生支援機構  http://www.jasso.go.jp/eju/

日本留学試験は、外国人留学生として、日本の大学(学部)等に入学を希望する者について、日本の大学等で必要とする日本語力及び基礎学力の評価を行うことを目的に実施する試験です。

2008年度中学部卒業生 川端未来くん

2008年度補習校卒業 川端未来さん

 

『バリから夢をつなぐイケメン留学生』

 

まず僕が日本に留学をしようと思ったのは高校3年生の夏ぐらいだと思います。

その頃僕はグラフィティーやストリートアートなどにはまってて、バリでも企業が企

画したグラフィックコンテストや高校対抗のグラフィティーコンテストに出展して入賞し、

そこそこ良い成績を収めていました。

僕はデザインの世界をもっと勉強したいと思い、両親に相談したら、すぐに賛成して

くれました。

もともと母は日本人で、父も大学時代に日本に留学していたので応援してくれました。

 留学を決めた僕は何からやって良いか見当も着かず、母とインターネットで志望校の条件等を調べました。

母と2人で大学見学に行き、東京の美術大学を見学し、学生が自由に制作に取り組んでいる姿を見て僕もここで学びたいと言う気持ちが固まりました。

留学生の枠はどの大学も若干名、条件は日本語検定N2以上を持っている事、と記載がある学校が多いようです。

日本留学試験の結果も必要です。

補習校在学中に取った日本語検定2級が役立ちました。

留学生の特別試験と言うのは、一般の入試より早めにあるので、何事も早めに進めた方がよさそうです。

願書を取ったり、必要書類を揃えて和訳したり、結構面倒な作業が沢山ありました。

願書はこちらからEMSで送り、受験日の1ヶ月前に日本に行き、1ヶ月間や色彩構成を勉強する予備校に通いました。

 冬の寒い中、叔母の家から自転車で通い、朝から晩まで受験の為の、デッサンと、色彩構成に取り組みました。

先生は親切で、志望校によっての傾向など指導してくれ、応援してくれましたが、第一志望、

第2志望、共失敗でした。

始めて感じた挫折感、、、其れでも諦めず3回目の受験を受けてやっと合格できました。

 

今振り返れば色々な辛いこともあったけれど、それも良い経験になったと僕は思います。

日本に留学したいと思っている皆さんに僕からの、アドバイスとしていくつか書いてみました。

 

1.どこで何を学びたいかを早めにネットで調べる

2.日本語検定試験は2級でもギリギリセーフだが、できるなら1級まで取った方が有利。

3.ヴィザ、パスポートやその他に色々な書類が必要になります。色々な所に回され

 るので早めに終わらせた方がいいです。

 (僕は毎回大使館に行く時めんどくささに切れそうでした。色々な書類をが必要になるって

  ことはお金も必要になります。それはもう付き物なのです。…それは…まあ親に土下座する

  しかないですね…。)

.だいたいの事がすんだら、今度は留学先の事をよく調べる。学校の位置、学校近くの

 アパート、買い物が出来る所、近くに遊びに行けそうな所や、彼女や彼氏ができたら安くすむ

 デートスポットなどなど~。

 でも学校により、学生寮が付いているとこもあるのでそれも調べましょう。

.インドネシアの大学は日本の大学に比べて早く始まるので、 『おいお前いつ大学始まるんだ

  よ?大学まだまだ始まらないんだから遊びに行こうぜ!』など軽く言われます。

  みんなはもう大学に入っているので安心して遊べますが、留学をしたい皆さんはまだ勉強

  していなきゃあいけないんで遊びは 少し控えましょう。

.でも 勉強だけではなく、日本の事をもっと知る事も大切です、流行ってるアーティストや

 お笑い芸人、ポップカルチャー、ゲーム、アニメ、お菓子など

 自分が好きな事が日本でどう流行しているかも調べる、その方が大学に入ってから色々な人と

 会った時、話のネタになるので会話を広げられます。

 

まあ、苦労もありましたが、今は勉学、サークル活動に打ち込み、バリから夢をつなぐイケメン留学生として日々楽しくやっております。

 

                               Anak Agung Mirai Alit 

  

2005年中学部卒業生 マルデ芽生さん

★2005年3月に補習校を卒業されたマルデ芽生(めな)さんに、進学についてお話を伺いました。

 

現在、私は国立ウダヤナ大学の医学部の英語クラスに在籍しています。

私の学歴は3歳~1年間:英語のプレイグループ幼稚園はデンパサールのインドネシア語で、その間、親の都合で半年間母娘で日本滞在。

バリに戻ったのは、年長の終わり頃だったので、すぐに家庭教師を雇い、レスを始めました。

小学校はチプタダルマというインドネシア私立の学校へ。とても規律がきちんとしている良い学校でした。

そして、中学の1年間をデンパサールのSMP3へ通いました。

その後、インターナショナルスクールへ。ただこの学校は1番上のクラスが中学1年生だったので、ここで、中1を再度やりました。インドネシア語100%から英語100%への転校だったので、再度中1をやっても良いと思い、今思えばそれがかえって良かったです。この学校は中1、中2と2年間通いました。

そして、中3からはタマンラマスクール(ウブンのガンディー)のOレベル、Aレベル(英語100%の授業)へ行き、高校2年の前期まで、合計4年半、英語で勉強しました。

それから、高2の時に将来大学はどこで行くか?インドネシア国内、日本、オーストラリア、外国、と考えた時、普通のインドネシア高校卒業証書を持っていればどこの大学へも入れると思い、高2の後期からは又、インドネシア語のレギュラークラスへ編入しました。そこで高校卒業まで勉強しました。

そして、推薦と筆記試験を受けてウダヤナ大学の医学部へ入りました。医学部の中にも英語クラスとインドネシア語レギュラークラスがあります。どちらでも同じ英語の教科書を使っていますが、それを英語で勉強するかインドネシア語で勉強するかです。

又、小さい時から母とは日本語で話をしています。

それと補習校に幼稚部から中学卒業迄お世話になったので日本語検定2級も取得出来ました。

普通の英語レッスンや英語を重視している学校でも、殆どの生徒がインドネシア人の場合、あまり英語を話す機会がないので、英語を上手に話せる様になるのはむずかしいと思います。

私が英語を話せる様になったのはインターナショナルスクールへ2年間通った為です.

又、将来の進路、方向性が決まっていない場合は、インドネシアの高校のIPA(理系)※に行った方が良いと思います。IPA(理系)だと、大学のどの学部にも進む事が出来ます。

インターナショナルスクール卒業だとインドネシアの大学へ入るのはむずかしいと思います。

<母より>

娘に日本語、英語、インドネシア語を話せる様になって欲しかったのでそれが達成出来、しかも英語とインドネシア語で勉強、理解出来る様になってくれたので、中学の時色々と学校を変えて良かったんだと思っています。

対人関係も幅広い人と上手くやっていけるようになったと思っています。

インドネシアの大学の事は日本人母の私には全然解らない世界なので、本人に任せました.

微力ながら、何か聞きたい事等ある方はいつでも、ご遠慮なく連絡くだされば、ご相談にのりたいと思っています。

 

※注釈 インドネシアの高校では、2年生になるときにIPA(理系)、IPS(文系)を選択する。

 

2004年度中学部卒業生 高田リオくん

★2004年度卒業生 高田リオ君の留学への道をご紹介いたします。

 日本へ留学するには大学によって書類や資格が異なり、様々な道があります。探ってみるとより良い方法が見つかるはずです。ここでは私が実際に通った道を紹介します。私の場合は殆どの情報は母が探していました。日本語に慣れていなかった私がインターネットなどで情報を見つけても完璧にその内容を理解することが出来なかったからです。

 日本へ留学するには必ずEJU(Examination of Japan University)が(1年に2回)行っている日本留学試験の結果が必要です。この試験はインドネシアでも受験することが出来ます。私は2007年にスラバヤで受験しましたが、調べてみるとバリ島でも受験できるようになっているかもしれません。日本留学試験の目的は受験者の学力を測るもので、合格や不合格はありません。日本留学試験の結果は大学によって求められている点数が異なっています。そのため、ただ単に受けるのではなく、より高い点数を狙うのが理想的です。

 日本留学試験について、理数系(インドネシアではIPA)だと日本語(記述問題含む)と数学コース(コースは社会系の場合が殆ど)の科目の他に、生物、化学、物理の3つの内2つを選び受験しなければなりません。受験を申し込む際にこれらを決める他に日本語か英語で受験するかを決めることが出来ますが、殆どの大学は日本語での受験の場合のみ受け入れるようになっていますので注意が必要です。詳しくは日本学生支援機構のホームページ、又は日本留学試験を検索すればよいと思います。数多くの大学は日本留学試験だけではなく日本語能力試験の結果を求めますので、1級を持つのが望ましいが2級でも十分だと思います。

 私の場合は、日本留学試験と2級の日本語能力試験を持って留学生活を始めました。私は大学の学部ではなく同志社大学留学生別科(学科名は大学によって様々)に1年半入りました。ここでは、大学レベルの日本語を学ぶことが出来ます。私はここで日本語の勉強をしながら日本で日本語能力試験を受験し、1級を取りました。また、同じ時期に日本で日本留学試験も受験しました。日本留学試験をもう一度受けた理由は前回スラバヤで受験した結果よりも高い点数を取るためです。日本留学試験は最長2年(大学によって1年の場合がある)以内に受けた結果であればより点数の高い方を使うことが出来るようになっています。ここまでは、殆どの私立の大学の場合ですが、国公立の場合、日本留学試験、日本語能力試験の他にTOEFLが必要になります。しかし、志望する学科によってはTOEFLを要しない場合があるので詳しく調べる必要があります。

 TOEFLについての注意点を述べます。TOEFL試験にはいくつかの種類があります。TOEFLの種類にはPBT,CBT,iBTの3つがありますが現在、日本ではiBTの1種類しかありません。TOEFLの結果の有効期限は2年間です。私はiBTの試験を日本で受験しましたが、インドネシアでも受験することが出来ます。インドネシアでTOEFLを受験する場合日本の大学で使用できないものがあります。日本で使用できるTOEFLの結果は米国ETSという者から発行された物でなければなりません。私の場合、バリのウダヤナ大学で受験し、大学が発行した物だったので日本では使用できませんでした。この理由で私はもう一度日本で受験することにしました。

 続いて、私が同志社大学留学生別科で日本語の勉強を終了し、大学の学部を受験する前から入学するまでの道のりを述べます。まず最初に私が準備したものは日本語能力試験、日本留学試験とTOEFLiBTの受験結果です。私は第3志望まで日本の大学を決めていました。第1志望が大阪府立大学で続いて第2志望が同志社大学、そして第3志望が大阪工業大学です。聞いた話によりますと、第1志望のみ決めている留学生もおりましたが、かなり危険です。というのは、どの大学でも留学生の枠は若干名のみであるからです。さらに、少ない枠に反し、名高い大学ほど受験生が多いので受かる確立が下がるからです。私の場合は第1、第2志望、共に落ちました。第3志望は何とか受かることに成功しました。留学生の場合、どの大学でも留学生特別選抜試験というもので大学受験をしなければなりません。これは、留学生専用の入試だと思ってください。ここで注意が必要なのは受験生が日本国籍を持っていると留学生として扱われず、帰国子女として扱われてしまうので、異なる方法で受験しなければならないことです。

 私は大阪工業大学に入り、奨学金をもらうことになりました。留学生の場合は学科、あるいは学部、又、出身国によっても出願できる奨学金は異なります。私の場合、入学早々に奨学金の説明会がありましたので、出席することにしました。そして、私は情報科学部であったので船井情報科学振興財団から返金不要の奨学金をもらいました。金額はどこの奨学金かによって異なりますが、私の場合、生活するには十分過ぎるといってよいほどの奨学金をもらいました。奨学金をもらえる条件として、成績が良くなければなりません。そのため、勉強を真面目にやらなければ途中で奨学金が止まる場合がありますので注意が必要です。私の場合、年に2回(前期と後期)成績表を船井情報科学振興財団に送らなければなりません。

 私は高校3年生になってから日本の大学受験の勉強を始めましたが、遅すぎたと思っています。もし留学したければ、出来るだけ早い時期から受験勉強を始めたほうが良いと思っています。日本の大学の受験勉強はかなりレベルが高いのでインドネシアの学校の試験にも役に立つと思います。受験勉強が完璧であればUAN(Ujian Akhir Nasional)も楽勝だと思います。受験勉強はプライベートでレッスンをするのも良いかと思います。実際に私もこの方法で補習校の先生と1年間ぐらい学んでいました。もし一人で勉強していたなら留学できなかったと私は思っています。( 高田リオ )

 

2000年度中学部卒業生 坪井リカさん

今月の情報サプリメントは、卒業生の坪井リカさんにお話を伺いました。

リカさんは、補習校の幼稚部、そして小中学部の国際学級(現在の国語クラス)に9年間通われ、現在は日本の大学の日本語学科に在籍中です。

なぜ日本へ留学して日本語を勉強しようと思ったのか、日本語への思いと、また留学の具体的な方法などを書いてくださいました。

 

★ 2004年春、高校卒業後、私は日本語学を学ぶため、日本の外国語大学に進学しました。補習校で9年間日本語と接した結果、私は日本語を愛し、この言語に関してより深く知りたいと思いました。これが、私が留学を決めた一番のきっかけといえるでしょう。

 

大学入学までの道のり

さて、日本への留学を心に決めたものの、どうやって留学できるのか、どのようにして大学を選べばいいのかわからず、本当に手探り状態からそれらに関する情報を探しはじめました。

情報を調べていくうちに、「留学試験」という、日本語の実力テストをスラバヤで受けられることを知りました。そこでより多くの情報を得るため、留学試験が実地される機関、NICE CENTER (日本インドネシア文化交流センター)に問い合わせてみたところ、大学の入学選考には、「渡日前入学許可」、つまり日本に行かずに留学試験または能力試験を自国で受けて、その成績と書類審査により総合的に合否を判定する選考方法があることを教えていただきました。留学試験受験の資料とともに渡日前入学許可を用いる大学リストがNICE CENTERから送られ、その中から日本語学科がある今の大学を選びました。その後、母が大学に連絡して募集要項を届けてもらい、出願書類の準備傍ら留学試験の手続きも進めました。 

5月ごろ、私はスラバヤにいき、留学試験をうけました。結果はあまり好ましくなかったが、このときの体験を活かし、その7ヶ月後、サラスワティ高等学校で行われた能力試験1級に挑みました。

大学に出願書類と留学・能力試験の結果通知書を送り、あとはただ大学側から合否結果が出るのを待つだけでした。結果が出るまでの間、毎日祈るばかりの思いでした。

「合格」と書いてあった通知書を見たときは、しばらく呆けていましたが、後からじわじわとそのよろこびが体中に満ち、その日一日はニヤニヤしっぱなしでした。なお、海外から書類選考だけで入学できることはあまり知られていないようで、他の留学生も「そんな方法があったの?」と驚いていました。

 

留学先で困ったこと

入学したてのころは環境になじめず、かなり大変な思いをしました。

勉学方面はもちろんですが、生活面や季節の違いに戸惑いを覚えました。常夏生まれの私には、日本の冬に関しての知識がほとんどなく、どのように対処すべきかわかりませんでした。

大学の方も、一年目はひたすらがんばりました。補習校で学んだことがあるおかげで、一通りの日本語の読み書きが出来ますが、それでも大学のレベルについていくには少々難を感じました。補習校で学んだことでかなり日本語に自信を持っていたにもかかわらず、あっというまにその自信を砕かれてしまい、くやしい思いをしました。しかし、これが「日本語をもっと磨かなくては!」と意気込んで、3年以上も飽きずに日本語勉学に没頭したきっかけでもあります。しかしながら、3年たっても教授がいったことを完璧に理解できるレベルに達しておらず、日本語の奥深さというものを思い知りました。

 

私に日本留学のきっかけの一つを与えた先生方、そして補習校関係者の皆様、ありがとうございました。

補習校は私にとって、心のオアシスでした。ここにいれば、年齢や立場に関係なく、友だちはもちろんのこと、先生方とも自由に会話ができ、毎週補習校にくることが楽しみでした。

まだまだ未熟ではありますが、涙の卒業式を迎えないよう、これからも大学でがんばっていこうと思います。

 

2011年度中学部卒業生 長岡龍未くん

国語クラス中学3年生の長岡龍未くんとお母様から日本の高校受験の体験記を寄せていただきました。

 

★僕が補習校に入ったのは小学4年生の12月からでした。
それまではクタにある「アングン」で片寄先生に日本語を教えてもらっていました。 ちなみに、あの「アングン」での小学キッズクラス開始一期生です。 でも途中から家がクタからサヌールに引っ越すことになり、 サヌールの補習校で日本語を学ぶ事に切り替えました。 初めは補習校へ通うのは友達が出来るかとか少し抵抗がありました。
でも 既に知り合っていた本田悠輔君と思いがけなく同じクラスで、 彼がいた事で直ぐに安心して補習校へ行けることになりました。 その後は、彼を始め、沢山の友達が出来、現在中学3年の卒業直前を 迎えるこの日までとても楽しく通う事が出来ました。 補習校へ通うことが出来ていい仲間達に出会え、本当に良かったと思っています。
  通いはじめて、そのわずか半年後に 僕は、当時通っていたインターナショナルスクールの 修学旅行に参加した時に大火傷の事故に遭いました。
母の話だと、 僕の火傷の状態は全身30%の大火傷で、 火傷が悪化してしまって、息が出来ない状態をおこしたり、 死ぬかもしれないほど大変だったとの事だけど、 その時、補習校関係の方たちが皆で僕の為に必死にいろいろ動いてくれて、ジャカルタ医務官の高橋さんまでもが 僕が入院するサンラー病院まで来てくれました。
その医務官が僕の怪我の状態を診察してくれた事をきっかけに 日本での治療に踏み切る事が出来きました。
日本の病院での診察後の先生からは 僕の身体は既に感染症を起こしていて、 「もう少し治療が遅れていたらヤバかったとよ」言われたほどでした。 それからの僕は火傷の治療のために、日本とバリを年に何度も往復をしました。
その結果、火傷は順調に治って行き、他の人と同様に普通に生活を送れるぐらい回復出来、改めて日本の医療のすごさが分かりました。 将来立派な人になるにはインドネシアより日本で学んだ方が良いと思いました。
その頃から、いつか絶対に日本の学校で勉強をしたいと強く思うようになりました。
僕は直ぐに日本で勉強したいと両親に頼みましたが 両親は高校生になる時に高校受験して受かれば行っても良いと言いました。 中2の時に、怪我の治療で日本へ行った時に 母といくつかの高等学校を見学して廻りました。
小6の時から柔道を始めていた事もあって 出来れば高校生活は柔道部に入りたいと思っていました。
あとは、バリの家族と離れて過ごすので寮がある事が条件でした。 それと帰国子女枠のある学校と言う事で 僕に合う学校を探しました。 高校に合格率を上げるためには、まず僕の成績を上げた方がいいと思ったので以前にも増して勉強しました。 それとなにかの大会等で優秀な成績があるとさらに良いと思うので、勉強以外の柔道にも頑張って練習に打ち込みました。 その結果、成績はクラス3位、数学は学年トップまでになる事が出来ました。 また柔道大会でも上位の成績を収める事も出来ました。
そんな最中、日本では東北大地震&大津波が起こり、 本当に行けるか心配になりました。
行きたい高等学校があっても放射能汚染の問題とかあって いろいろ悩みました、 結局、神奈川県の桐蔭学園と茨城県の土浦日本大学高等学校に合格をしたのですが、土浦日本大学高等学校に行く事を決意しました。 その学校に決めたのは 柔道部の先生がとっても良い先生だったからです。 その柔道部は毎日朝練があり、 土日も休みが無く、一年中で正月だけ休みがある事と柔道部の監督から聞いています。 全校生徒数5,400人中で男子柔道部員がたった9人しかいません。
新入生も僕を入れて3人です。 日本の高等学校の中もその学校の柔道部は厳しくて休みも無く大変で有名らしいです。
柔道部員の皆が寮生活です。 僕は勉強も頑張りたいですが、文武両道で生活出来るかどうかが少し不安です。 でもとにかく、僕の夢だから精一杯頑張りたいと思っています。

(母より) 
息子の龍未が今回日本の高等学校への受験に挑戦して思う事は 日本の帰国子女受験枠のある高等学校で 「帰国生」に求めているのは 日本人にはない「英語力」と 海外での生活経験の子が自然に備えている国際感覚を 日本の生徒への与える「国際的な影響力」を 期待しているのではないかと強く感じました。
その点で考えると バリで補習校に通う子供たちの頑張りは 今後の日本を支える程の 世界的な視野での影響力がある! その使命は大きいという事を強く感じずにはいられなくなりました。
実際の受験で、 試験内容では主に国語、数学、英語は必要の教科になっている事が多いです。
学校によっては英作文のみを出題している学校もあります。 どの高校入試も面接は絶対含まれています。 場合によっては2者面接もあります。 いずれにしても帰国子女枠といっても、 受験する生徒さんの 殆どは日本人学校へ通っている生徒さんが殆どでした。 龍未のように生まれも育ちも海外で生活し、 親も外国人で 学校も現地校で、しかも英語圏でない学校出身の受験生は全く無い状態でしたので かなりのハンディーを感じました。
受験期間中はハラハラドキドキの連続で 日々祈るような気持ちでした。 一番龍未が苦労したのはやっぱり国語です。 でも何としても息子の希望を叶えてあげたいと 主人と二人で何度も話し合いをした事も 良い思い出です。
途中、何とかしてあげたいと思う反面、 本当に日本で生活して大丈夫なのかという不安や心配で、 頭の中が交錯し、どうした方が息子にとって一番良いのか考えれば考えるほど訳が分からなりました。
でもその度に紫垣校長先生をはじめ、補習校関係の講師の先生方、お母さん方たちにアドバイスを頂き、 親として、子供の成長のために どんな事があっても、「どこ吹く風」と 、どんと構える精神力を持つ事の大切さを教えて頂けたと思っています。 それと、何よりも息子自身がどうしても日本の学校へ行きたい! と言う強い意志をずっと持ち続けてくれたので頑張れたのだと思います。 結果、合格出来た事より 受験に挑戦し、親子で一つの事を乗り越えられたことが何よりも嬉しく、それが心の宝になっています。 受験に挑戦し、頑張った息子に感謝したい気持ちです。

 

2009年度中学部卒業生 天野撫子さん

補習校のみなさんへ               天野撫子(2009年国語クラス卒業)

 私は今年の4月愛知県にある日本福祉大学に入学しました。学部は国際福祉開発学部です。この学部では英語力を身につけて、国際協力や国際貢献するための方法を学びます。私は高校の時、語学コースを選択していて、大学でも英語を勉強したいと考えていたので、最初は英文科のある大学を探していたのですが、母がこの学部を見つけたとき直感しました。「これだ、ここで勉強してみたい」と。

 じっさい大学での授業が始まってみると、先生方は海外での生活経験があるし、同級生や先輩はみんな海外のことに興味を持っていて、毎日が新鮮で本当に面白いです。でも、課題やレポートもたくさんあって、少しつらいなと思うこともあります。

 いま私は大学の寮に住んでいます。祖父母の家が県内にあるのですが、通うと1時間半かかるので、寮に入ることに決めました。寮は建物も古く、二人一部屋ですが、大学に近く、わからないことがあるとすぐ人に聞けるので便利です。

 寮に入ってすぐ、新入生歓迎のためのお祭りやスポーツ大会があって、早く友達をつくることもできました。

 入学式の日、私は寮の友達3人と歩いて大学まで行きました。日本での生活は本当に忙しいですが充実しています。これからたくさんのことを学んで、将来は世界の困っている人たちの役に立てるような仕事をしたいです。

 

(保護者よりみなさまへ)

 娘がこの4月念願の日本留学を果たしたわけですが、留学を実現するまでにはさまざまな疑問、困難がありましたので、その経験をお話して、今後の参考にしていただければと思います。娘の場合は、外国人留学生として日本の大学に留学するケースです。

 留学には主に二つの方法があります。ひとつは国費留学、もうひとつは私費留学です。国費留学は文部科学省がMEXTという留学制度を設けていて、日本の有名大学(東大、京大、、)への留学が可能です。(合格すれば、、)

 うちの場合は学力面から見て、私費留学しかないだろうと考えて、留学できそうな大学探しから始めました。大学探しは、「私費海外留学生のための大学案内」(日本学生支援機構=JASSO)を手にいれ、そこにある情報をもとにしました。(この案内には留学生を受け入れている日本全国の国公立大、私大、短大の学部、試験科目、試験日程、学費などが出ています。)

 はじめ学費の安い国公立大を考えていたのですが、探していくと私大にも学費の安いところ(留学生の学費半額免除とか)があって、私大のほうで娘の希望にぴったりの学部が見つかりました。そして大学選びと同時に進めたのが、日本留学試験の準備です。

 留学するにあったて重要なのが、この日本留学試験です。この試験は年に2回、インドネシアではジャカルタとスラバヤで行われています。時期はだいたい6月と11月で高校3年になれば受験できます。ここで要注意なのが申し込み時期で、試験日の4ヶ月くらい前に締め切られるれるので、早めの確認が必要です。うちの場合も高校3年の11月に受けようと思ったら、受付期間を過ぎていて、次の6月まで待たなければいけませんでした。

 日本留学試験の科目は国語、数学、理科、総合(社会?)で、志望する大学が指定する科目を受験します。娘は文系志望だったので国語しか受けませんでしたが、理系志望の人は数学、理科の受験が必要です。留学試験に合格、不合格はなく、点数が重要で入学のさいの目安とされます。(留学試験の問題集もJASSOから出ています。)

 娘がスラバヤで試験を受けたのが去年の6月で、高校卒業を待って、母子で日本へ。まっさきに大学を訪ねて、入学願書をもらいました。私は2週間の滞在でバリに戻りましたが、娘は祖父母の家に残って、アルバイトをしながら、ひとりで受験勉強(?)を続けました。願書といっしょに入試の過去問題をもらっていたので、それをもとに入試の傾向を予測して、ニュースを見たり、新聞を読んだり、作文の練習をしたり、、

 そして8月のある日、バリの自宅に日本留学試験の結果が届きました。そこには留学試験の成績がよかったので、奨学金がもらえると書かれていました。奨学金のことはまったく知らなかったので、すっごくラッキーでした。これで経済的負担が一気に軽くなります。

 9月娘はいったんバリに戻って、願書といっしょに出す卒業証明書、成績証明書の日本語訳などを用意しました。10月再び日本に戻り、11月に願書を提出。12月に入学試験。試験は筆記と作文と面接。作文のテーマは「いじめ」でした。その3日後には合格発表があり、めでたく合格。その3日後に入学手続き。そしてやっと入学が認められました。

 この間、国籍の問題、ビザの問題などわからないことが多く、心配の種は尽きませんでした。日本とバリで離れていたので、娘のストレスは大きかったと思います。この4月ようやく夢がかない、入学式をむかえることができました。

 というのが、留学までの流れでした、うちの場合ですが。いまはインターネットを使えばたくさんの情報が得られます。入学願書だって、大学まで行かなくてもダウンロードできます。それでも、安心のため早めに情報を集め、早めに行動されることをお勧めします。   

 

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