情報サプリメント 〜 体験入学記

(文中の月日は掲載時のものです)

*「卒業生の進路」はこちらをどうぞ。

国語クラス 中学1年 笹倉花美奈さん「日本で中学校に行きました」

 

日本へ行った時、中学校に通いました。中学へ行くのはすごく楽しみでした。

中学校には6月15日から行きました。

最初はちょっと緊張しましたが、2日目からはだんだんと慣れていきました。いっぱい友達ができました。みんな私にやさしくしてくれました。私はすごくうれしかったです。好きな教科は数学で、嫌いな教科は理科です。宿題は難しいけれど頑張ってやりました。

7月2日と3日は期末テストでした。そのテストは私にとってすごく難しかったです。あんまりできなかったです。

最後の日にはみんながトンネルを作ってくれました。そして手紙をもらいました。その手紙を読んだら、またみんなに会いたくなります。来年もまたみんなとなかよく1ヶ月間過ごしたいと思います。

 

*保護者より

今年は娘を中学校へ通わせたいと思い、去年里帰りをした際に中学校を訪問し、翌年には娘を通わせたい旨を伝え、中学校の資料をいただいておきました。

4月にはEメールを中学へ送り、5月には具体的な日程を知らせました。バリでいただいた教科書の出版社を知らせ、確認のために写真も撮って送り、補習校で受け取った教科書が同じかどうか確認してもらい、同じものだけを持って帰りました。異なる教科書は取り寄せる手配をしてくださっていました。

制服は業者の連絡先を教えてもらい、国際電話をかけてサイズを知らせて制服を注文し、日本に到着する前に実家に送ってもらっておいたので、すぐに着用できました。卒業される方が制服を寄付されることがあるようで、その場合は譲ってもらえるということでしたが、今年は寄付がなかったとのことでした。

日本到着直後に市役所の教育委員会を訪ね、通学に必要な書類を作成してもらい、それを持って学校へ行きました。

体操服は持っているT-シャツとズボンを使用させてもらい、水着は指定業者を訪ね購入するなど、臨機応変に準備しました。通学かばんはみんなのものとは異なりましたが、友達にもらったものを使用させました。問題集や教材は先生方がとても親切に対応してくださり、必要な個所だけコピーをしてくださったり、購入できるよう注文してくださいました。

学校へ私が行ったのは初日と最終日だけだったので、娘が中学でどのようにしていたかははっきりわかりませんが、先生方に尋ねたところ特に問題はなかったようですし、娘は勉強は難しかったものの、みんなのおかげで楽しく1ヶ月通うことができたようです。

費用としては制服のスカート1枚とブラウス2枚には16、000円ほど、水着、靴、上履きなどに約1万円、教材費、給食費、PTA入会金&会費などで1万数千円ほどかかりました。

 

来年も通えるとよいと願っています。        

 

★国語クラス5年 山田愛花さん

6月の休みに、愛知県江南市立草井小学校に初めて通いました。初めに、くつは上ばきにかえるのにはびっくりしました。校庭はすごく広くてきれいでした。友だちに案内されて5年2組に行きました。教室は、こうしゃの3階にあって、風通しがすごくいいし、クラスのみんなが作った作品がいっぱいかざられていました。

先生が来て、授業が始まりました。先生はちょっとこわかったけど、私にはやさしくしてくれました。自己しょうかいをして理科が始まりました。けんびきょうでミジンコを見ました。やり方は友だちが教えてくれました。ミジンコはもこもこと動いていておもしろかったです。給食の時、ナプキンをひいてみんなと仲良く食べました。メニューは、野菜スープ、パン、ミルク、カレーさまざまなものが出ました。全部すごくおいしかったです。給食の後、私は友だちと一緒にトイレそうじをやりました。さい初は自分たちでそうじするのはへんだと思っていましたが、ずっとそうじしていると、だんだんおもしろくなってきました。プールは、女の子で水着にきがえて、運動をしてプールに入りました。25メートルありましたが、私はクロールで13メートルしか泳げませんでした。プールの後はみんなと体育館でドッジボールをやりました。補習校でもやったことがあったので役にたちました。家庭科も初めてやりました。私はボタンのつけ方を先生に教えてもらいました。友だちがはりと糸をかしてくれました。みんなはすらすらとできましたが、私はボタンのつけ方は初めてだったのではりが手にささったりしました。むずかしかったけど、友だちが教えてくれてすごく助かりました。家庭科の勉強はすごく役に立ちました。

さい後の日は、クラス全員と先生がお別れ会をしてくれました。友だちは教室をきれいにかざってくれて、歌やゲームをしました。さい後にクラス全員が今まで練習してきたアンジェラ・アキさんの「さくら色」を歌ってくれました。私はうれしくてなみだが出そうでした。そしてみんなから、手紙と写真をもらいました。本当に学校生活は楽しかったです。

またあの時にもどればいいなと思います。バリに帰って来てから、5年2組のみんなにお礼の手紙を送りました。

 

★国語クラス 中学Bクラス 中嶋ヤマくん

ぼくは、京都府宇治市立北宇治中学校1年2組に、6月18日からの10日間、初めて体験入学をしました。制服のズボンは中学校で借りました。上のポロシャツ、体操服、上履きは買いました。水泳があると聞いていたので、水着はバリから持って行きました。日本ではプールの時間は帽子をかぶるとは知りませんでした。授業は難しかったけど、楽しかったです。数学と英語は簡単でした。毎朝8時頃に友達と一緒に学校へ行きました。学校で期末テストがあった時は休みました。

(保護者から)

書類関係は面倒そうでしたが、親が準備してくれていたので助かりました。日本到着日の午後に挨拶に行き、校長先生、学年代表の先生、担任の先生などとも面会し、最終書類「学校でのけが等、責任を問わない」という内容にサインをしたときは、短期間なのに手間をかけて申し訳ないという気持ちでした。制服はサイズを確かめてから借りました。教科書などは両親が知り合いから借りておいてくれたので、ノート数冊ですみました。事前に転校生が来るということを先生から生徒に伝えていてくれたので、先生、生徒ともに待ち遠しい、楽しみといった雰囲気でした。担任は若い女の先生だったので、気軽に話しやすい方でした。勉強内容は難しいようでしたが、毎日友達との登校や、放課後の遊びが楽しかったようです。本来3年生なので、みんなより背が高く、英語の時間など気分的に楽だったようで、柄の良くない学校と聞いていましたが、問題ありませんでした。帰る前日に、バリから生徒数分持って行っていたお土産のキーホールダーを本人から配り、最終日には友達からの寄せ書きをもらい、記念になって喜んでいました。授業(特に体育)の写真を撮ってCDに入れて、後日送ってくださり、集合写真もあったので、よい思い出になり、感謝しています。

 

 

★国語クラス 中学Bクラス 海野周くん  

僕の通った茨城県日立市立豊浦中学校は、海岸のそばの高台にありました。

校庭はとても広くて、野球のグランドとサッカーコートがあり、テニスコートは4面もあります。

僕は6月16日から3週間通学したのですが、通い始めてすぐに期末テストが始まりました。一応全部のテストを受けましたが、英語以外はあまりよくできませんでした。それでも技術家庭のテストがなぜか良い点数がとれて、先生にほめられました。

午後3時半に勉強が終わると、部活が始まります。僕はテニスをしているので、ソフトテニス部に入って練習しました。テニス部の部員はとても多いので、4面コートでも足りないくらいです。1年生はコートに入れず、外で練習をしていましたが、僕は2年生なので、コートで練習できました。

 日本の中学校は給食があります。とてもおいしかったのですが、おかずがちょっと足りなかったです。また、僕は豚肉を食べることができないので、メニューに豚肉が入っているときは、お母さんにお弁当を作ってもらい、学校に持っていきました。

 学校から帰ってくるのが夕方の6時半ごろなので、友達と遊ぶ時間はあまりありませんでしたが、それでも友達と一緒にクワガタムシを取りに行ったりしました。日曜日には港の岸壁から釣りもしました。

 バリに戻る前の日に、クラスのみんながお別れ会をしてくれました。担任の先生は、いっぱい写真を撮ってくださって、アルバムを作ってくれました。このアルバムとクラスの友達みんなが書いてくれた寄せ書きは、僕の大切な宝物です。

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当地の夏休みである6~7月には、日本へ帰国する生徒も多いことと思います。中にはその際、日本の学校に「体験入学」をさせて頂く生徒もいます。今回は「体験入学」について、実際に経験した子供の立場から、卒業生の桑山真樹君がその感想を書いてくれました。また、子供を通わせた親の立場として、小中学部講師の先生が手続きの方法などを説明してくださいました。今年、体験入学をお考えの方の参考にして頂ければと思います。(受け入れや実際の手続き等は、市町村によって違いがあるようです。早めにお問い合わせをされることをお勧めします。)

 

★ 体験入学について 補習校卒業生 桑山真樹君

 

昭和六十一年、二月十三日、午後三時に、ぼくは生まれました。生まれてから小学一年生の一学期まで日本に住んでいました。一年生の夏休みに入る一週間前にクラスに別れを告げました。ぼくは、インドネシア、バリ島のチプタダルマ小学校に入学しました。入学後、すごいストレスなどを感じました。それは、言葉です。ぜんぜん知らないインドネシア語をどうやってできるか、いろんな工夫をしながら一年間の生活を乗り越えていきました。ほんとうにつらい一年間でした。

 その後、毎年六月に現地校が休みになると、すぐに家族で帰国し、翌日には、市役所で教育委員会に手続きをし、学校へと通い始めました。ぼくにとって、毎年日本に行くことは、とてもうれしいことでした。なぜなら、日本の家族といっしょに「日本の生活」を楽しむことができるからです。学校では、みんなで体育、音楽、図工、理科、家庭科、社会科見学、給食、などしてほんとうに毎日が楽しかったです。帰国するたびに、最初は、教室の中に入るのが、怖かったです。なぜかというと、みんなは、四月から新しいクラスで生活し、ぼくは後から六月に入ってから入学したからです。当然新しい雰囲気だし、周りに自分を合わせなければいけないからです。でも安心でした。担任の先生が優しく、いろいろなことを教えてくれたので、早く友達と仲良くできて、毎日が楽しくなりました。特に学校内では、「自分、友達、先生だけで過ごさなければならない。わがままなど自分勝手なことをすると、みんなに嫌われることがある。」そんなことに気配りしながら学校内で楽しく過ごしました。学校帰りは、毎日友達といっしょに、いたずらやいろんなことをして遊びました。いつも自宅に帰ると、「早く明日にならないかな・・・」と思うようになりました。日本での一ヶ月間の生活はあっというまでした。このように、六年生になるまで、毎年友達といろんなコミュニケーション・情報交換などして過ごしました。

 現在、ぼくは22歳になりました。15年くらい前のことですが、今でもいろいろな思い出が心に深く残っています。ときどき、また小学生の時代に戻りたいなと思います。タイムマシンがあればな~

 ぼくは、補習校で九年間プラス三年間OB合計十二年間通っていました。毎週二回、一日につき二時間の勉強ですが、日本語を忘れないように、今でもお世話になっている補習校の先生に感謝しています。また、「生きた日本語を勉強させたい」と、毎年帰国させてくれた両親に心から感謝しています。現在は大学四年生です。九月に卒業予定です。これからも、いろんなことを学び、また一歩大きくなり、前を目指したいと思います。

 

 (講師より)

★体験入学の手続きについて 

 まず、体験入学希望の学校と連絡と取って、学校側の承諾を得ます。現在はど
この学校でもホームページをもっているので、インターネットで検索してみて、
電子メールでやり取り方法もあるし、直接電話するのもいいでしょう。電話の際
は、「体験入学希望」の旨を話せば、教頭または、担当の先生が電話に出てくれ
るはずです。そして、入学する日と期間を伝えてください。
 次に日本に行ってから、市町村の教育委員会に行って入学の手続きをします。
その場で担当者が学校に電話をして、入学日や期間を確認するはずです。そこ
で、給食費や学童保険等の説明があると思います。私は教育委員会に出向いたそ
の足で学校に向い、子どもはその日から体験入学が始まりました。
 体験入学の心得としては、クラスにいきなり外国で生活している子どもが入っ
てくるわけですから、その子の日本語力のいかんに関わらず、学校や特に担任の
先生には大きな迷惑をかけることになります。ですから、日本の公立学校は体験
入学をさせて当たりまえ的な態度は取らず、常に謙虚な気持ちでいたいもので
す。また、補習校の先生にも相談して、国語と算数の日本の学校での既習範囲の
単元は家庭でも学習しておくようにしましょう。そうすれば、精一杯がんばって
いる自分のお子さんも、多少の余裕をもって授業を受けることができるでしょ
う。また、校長や担任の先生へのお礼ですが、例えば菓子折りを持って行くと
か、いろいろあるようです。私はバリのことを先生方やこどもたちにも知っても
らいたいと思ったので、バリで手に入る日本語の写真集を持っていきました。や
はり珍しかったようで、とても気に入っていただきました。また、あとでお礼状
は忘れずに出すようにしましょう。

 

 ★神奈川県 鴨居小学校の思い出 国語クラス5年 竹村さやかさん

わたしは、鴨居小学校に体験入学しました。4年2組 に、はいりました。クラスの友達は40人です。勉強はすごく簡単です。しかし、算数の先生はすごくおこりやすい先生で、こわかったです。一番大変だったのは、家から歩くことです。一番楽しかったのは、水泳の授業です。しかし、クラスの男子の友達は、うるさくて、体育の授業は、先生に禁止されました。残念でした。最後の日は、みんなでケーキをたべました。

(保護者より)

 娘が体験入学したのは、2回目になります。前は1年生でしたが、今回は高学年になり勉強がついていけるか心配だったので、1学年下げた4年生のクラスへ入学しました。この小学校(私の母校)では手続きは事前に(2-3ヶ月くらい前に)校長先生に口頭でお願いするだけでよく、クラスの定員に空きさえあればその場で許可を頂くことができます。(知人からは、教育委員会に申請をしなければならなかったり、学年を下げての入学を認めてもらえなかったという話も聞きましたので、市町村や学校によって手続きや受け入れは異なるようです。)体験入学の生徒を毎年数名受け入れているとのことで、今年の夏は5名の子供が体験入学し、海外からの他、近くの米軍基地内の小学校からの生徒もいたそうです。

 勉強についていけるかどうかが一番心配だったのですが、算数は全く問題がなく、国語も補習校で勉強していたおかげでついていくことができたようです。本人にとって学習より大変だったのはクラスに溶け込むことだったようで、無邪気だった1年生と違い、4年生ともなると友達のグループが出来上がっていて最初のうちはあまり話をする友達もいなかったそうです。でも2週間ほどたつうちに公園で遊んだり家に遊びに行ったりする友達ができて楽しそうに通学するようになり、今でも手紙のやりとりなどをしています。その他、洋服を着て泳ぐ練習をする着衣泳、公共施設での震度6の地震体験など、日本の学校ならではの多様な活動を体験できました。バリの子供の生活を描いた絵本をお土産に持っていったのですが、その本を使って1時間、バリについての授業もしてくださったそうです。

 勉強という側面のみならず、学校生活を送ったり友達と遊んだりしたことが、子供時代の貴重な一コマとなったと思います。慣れない外国からの生徒を受け入れてくださった小学校の先生方には、心から感謝しております。 

 

★国算クラス 中学1年 小林万莉菜さん

私は夏休みに日本へ二週間帰国し中学校に体験入学をしてきました。私が通った中学校は創立50周年記念で校舎が改装されたばかりで、とてもきれいでした。昨年まで年に二回体験入学をしていた小学校は、友達がたくさんいたので、緊張しませんでしたが、今回は知らない人ばかりでしたので初登校の日はとても緊張しました。友達だけでなく制服のこと、先輩のこと、授業のことなど行く前は大変心配でしたが、行ってみるとすぐに友達もたくさんでき、先生も親切で楽しかったです。1年生だけで4クラスあり1クラス40人位います。毎日授業は六時間あり、国語と数学は毎日あり、他の教科は1~2回です。英語の先生は日本人で、1ヶ月に1回白人の先生が来ます。社会はちょうど東南アジアのことを習っていたので、100点がとれました。家庭科ではお裁縫をしていて今までやったことがなかったので、とても難しかったです。

今回私は風邪をひいてしまい、プールに入れなく見学をしたのですが、いきなりデッキブラシを渡されて掃除させられたのには驚きました。私はホームルームの時間にバリの学校について発表しました。みんなが一番驚いたのはお掃除をするプンバントゥやガーデナーがいるということでした。

短い間でしたが、いろいろな体験ができてとても楽しかったです。みんなまた冬休みに楽しみに待っているよと言ってくれました。

(保護者より)

今回日本に帰国する前に、祖母から教育委員会に連絡してもらい、体験入学(実際にはそういう制度はなく、編入、退学の手続きをとるのですが・・・)希望の旨を伝えてもらい、第一希望の中学は人数的に余裕がないと断られて、家からは少し遠い中学になってしまいました。小学校では体験入学の子が他にもいて慣れているようでしたが、中学になると制服やいろいろの規制が気になるのかほとんどいないようで、最初日本語がわからないのではないかとか授業についていけないのではないかとかとても心配されました。帰国翌日から通わせたかったのですが、ちょうど期末テスト最中だったのでテスト終了後、また先に親子で面接に来るように言われました。

制服は祖母がいじめられるといけないと用意してくれましたが、学校側は別に規定のものでなくても近いものであれば良いとのことでした。靴、バッグ靴下、上履き、体操着、水着等わざわざ準備しなくても大丈夫のようです。(学校によって違うでしょうが・・・)

成田から着いてすぐに万莉菜が40度の発熱になり、すぐに病院に行ってインフルエンザの検査をしてもらい陰性と出たのですが、結果がすぐに出ないこともあるということでしたので、約3日間自宅で安静にしていました。まだその地域には新型インフルエンザがでていなっかったため、娘がきっかけで蔓延してしまったなんてことがおきないように慎重になりました。結果的にはとても良い経験ができて良かったと思いました。

 

★国算クラス1年 刀川 怜くん 保護者より

6月下旬からの11日間、日本の小学校1年生を初体験してきました。母子のみの帰国で実家に滞在予定だった為、住民票を登録していない地域への通学となります。事前に実家の父が副校長先生に事情を話し、快く受け入れて下さるとの事。日本へ着いた日の午後、学校へ連絡後そのまま母子共に挨拶に伺い、1年生担当の先生方と面会。クラスが決定し、翌日からの登校が可能になりました。まず、先生から薦められた準備品です。上履き、6Bの鉛筆、赤鉛筆、『ソフト下敷き』と呼ばれるぶ厚いビニールの様な、くにゃくにゃした下敷きで低学年に適しているとの事。それにお道具箱に入れる、クレパス、はさみ、液体のり、水泳帽を探しに夕刻は買い物に走ります。どさくさに紛れて、新しい筆箱や消しゴムその他諸々せがまれ、(息子が良いテンションで登校できるなら、、、)と、仕方なく購入。その他の必需品は、バリからの持参や学校からお借りして対応しました。そしてランドセルは、事前に友人から借り、父がピカピカに。私の両親も含め全員が協力体制となり、過敏になっている息子に細心の注意を払います。

そして翌朝、めずらしく息子自ら起きてきて、支度開始。時間が余ってそわそわ、緊張を紛らわすかのようにやけに陽気でした。いよいよ登校。晴れ渡った朝7時50分、近所に住む幼児期からのお友達と揃って「行ってきま~す!」と、ニコニコ顔。ランドセルの脇にはふきんの入った給食袋をぶら下げ、登校する他の子供達と混ざり合って行きました。肝心な出だしは、OK。私は、ホッと一安心。

1年生の時間割は、水曜日のみ4時校、あとは5時校。登校1日目、『生活』の授業では早速、『新しいお友達』と題してクラスメートより質問攻撃。(どこも一緒だな~)やはり盛り上がるのは、「きたない言葉」。学校へ寄付したバリの写真集も見ながら生徒達は異国からやって来た息子とバリに興味津々だったと先生から伺いました。国語の教科は、補習校で使用している教科書と同一のもので補習校の授業の方が少し進んでいた為、予習済み同然。率先して手を挙げ発言するなど張り切っていたらしい。算数については、各生徒が独自のペースで進めて行く宿題で『算数ドリル』というプリントがありました。たし算とひき算とそれぞれ100題くらいの同じ問題を何度も繰り返し解きます。最初の計算はとにかく数字の組み合わせに慣れさせて下さいと言われました。そして理科は、『アサガオの観察』で、教室の外にはポットが並んでいました。残念ながら、種まきの時期にいなかった為、息子のポットはありません。

今回の帰国の時期は、どこの学校も行事が多いようで「七夕」、集団下校、そしてラッキーな事に授業参観も組み込まれていて、算数の授業を見学。グループに分かれ共同作業により、たし算表の作成。リーダシップをとる子、計算の早い子、指を使って数える子など様々でしたがみんな楽しそう。授業も終わりその後に続く保護者会と茶話会も出席して、保護者の皆様へご挨拶、それにお世話になっている感謝のお礼をするなど、アピールはかかせません。そして、やはり興味津々の質問攻めは付随してきます。(参考までに、学校訪問には、マイスリッパを持参で!)

登校最終日には、クラスの一人一人からお手紙を頂き、持ち帰ったそれを読んだ私は(あ~、息子なりに神経を使い、人間関係を築き上げていたのね。クラスのみんなもありがとう。)と、子供達の頑張り様に涙でした。最終日の午後は、先生に借りたものの返却とお礼のご挨拶に伺い、学校での生活ぶりもお話しして下さいました。

今回の体験は、日本語による全教科、学校の規律やお友達、新しい環境に順応する事など学ぶこと学べることが沢山ありました。帰宅してからも予定を無視してお友達と遊びに行ってしまう等、バリで現地校と補習校の両立生活に比べれば、日本の学校通いは時間にも余裕があり、精神的負担も感じさせませんでした。

また、活発な我が息子は家でおとなしくしている訳もなく、体力を発散させる為にも学校へ通っていた事は、親として助かったのも事実です。息子は、「楽しかった!次はいつ?」と言っており、来年度もまた、学校へお願いするつもりです。

 

注意: 体験学習は、学校ごとに対応が異なります。あらかじめ学校に問い合わせてください。

 

 

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